大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)317号 決定

抗告人 伊賀多朗

相手方 伊賀恒子

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告の理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

抗告理由第一点について。

抗告人所論の要旨は本件調停事件は本来千葉家庭裁判所館山支部の管轄であり、従つてその調停不成立によつて審判すべき場合の管轄もまた同支部であつて、原審千葉家庭裁判所は少くとも本件審判については管轄権がないというにある。しかし家庭裁判所支部は裁判所法第三十一条五、第三十一条にのつとり、最高裁判所が家庭裁判所の事務の一部を取り扱わせるため、その家庭裁判所の管轄区域内に設けるものであつて、支部の取り扱う事務は当該家庭裁判所の内部的事務分配によるもので、支部自体に独立した別個の管轄権あるものではない(地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則(昭和二二年最高裁判所規則第一四号)第二条にいう管轄は訴訟法及び家事審判法にいう管轄ではない)。本庁は支部の区域内に属する事件について管轄権を有するとともに、支部もまた本庁の管轄区域内の事件について管轄権を失うものではない。従つて本件において原審千葉家庭裁判所(本庁)は当初の調停事件について当然管轄権を有するものであり、家事審判規則第四条第一項但し書によつてしかるものではない。しからばその調停が不成立となつた以上家事審判法第二十六条第一項により調停申立のときに審判の申立があつたものとみなされ、原審がこれについて審判をしたことは、その当然なし得べきことをしたまでであつて、法律上これを千葉家庭裁判所館山支部に移送すべきものでないことは明らかであり、これをもつて管轄権なき違法な裁判ということはできない。所論は理由がない。

同第二点(一)について。

所論は抗告人は妻たる相手方から同居を迫られたこともなく、また同居を拒絶したこともないとして原審判認定の事実を争うものであるが、記録中の調停申立書の記載と家事調査官の家事調査書と題する報告書の記載とをあわせれば、相手方が現に抗告人と別居するにいたつたのは、相手方が千葉大附属病院を退院の上しばらく実家で静養して健康を回復した後夫たる抗告人のもとに帰つたところ、抗告人はきわめて冷淡にこれを遇しかつは離婚の意思をほのめかすにいたつたためであることがうかがわれ、抗告人において明かなことばによる表示をもつて相手方の同居を拒んだものでないとしても妻たる相手方が抗告人方に居るに居られないようにしむけたによるもので、相手方は自ら好んで別居したわけではないこと明らかである。しかも相手方は抗告人との同居を求めて本件調停を申立てたのに結局調停は成立しなかつたものであり、その不成立にいたる事情がいずれの側にあるかは記録上必ずしも明白でないが、いずれにしても相手方が現在別居していることを責めるのは相当でない。もつとも抗告人提出の第一、二号証によれば、抗告人は昭和三十一年四月十八日相手方にあて内容証明郵便で「昭和三十一年一月二十七日家を出たまゝ帰つて来ない家事多忙で多大の支障を来たしている。この便りの着いた日から一週間以内に自宅へ帰られたい」旨を申し送り、これに対し同月二十一日相手方は「拝啓昭和三十一年四月十八日附御便り拝見いたしました。御申越の件に関してはかねて千葉家庭裁判所に申立中の調停の結果を待つて善処いたしたく存じます」との旨返信し、これに応じなかつたことは明らかであるが、前記のような事情で別居し、すでに事件は家庭裁判所に係属し、調停は成立せず、審判に移行している際であり、右の如きひとかけらの愛情も示されない手紙が内容証明郵便で届けられたとしても、それだけで相手方が直ちに抗告人方に復帰し得ると期待するのは非常識であり、これらの事実は少しも前記認定を左右するに足りない。この点の所論は失当である。

同(二)について。

所論は相手方自身が自ら民法第七五二条の夫婦同居協力扶助に関する義務に違反しているというにあるが、相手方が抗告人と別居するにいたつた事情は前段認定のとおりであり、抗告人の側における従来の態度をあらため相手方を迎え入れるような情況を設ける等とくだんの事情のない限り、相手方の別居はやむを得ないものと解される。従つて抗告人としては相手方が同居しないことを理由として夫としての協力扶助義務を免れることはできないものといわなければならない。論旨は理由がない。

同(三)について。

民法第七五二条の夫婦の協力扶助義務がその同居義務と深く関連していることは抗告人所論のとおりである。しかしいずれか一の義務の履行が期待されないところでは必然的に他の義務の履行が期待できないものとするのは早計である。もともと夫婦は終生同居しその生活を共にすべきものであるが、なんらかとくだんの事情があつて一時夫婦の同居が実現できないことがあるのは実情として否定できないところである。しかしそのような場合であつても夫婦である以上なお互に協力扶助すべきものであることには変りがない。本件において相手方が抗告人と現在別居しているのは前認定のとおりであり、夫婦のあるべき姿としては変則的状態たるを免れず、場合によつては離婚にいたるおそれもうかがい得るけれども、それだからといつて抗告人と相手方がなお夫婦である以上、互いに協力扶助義務を失うものでなく、本件における当事者双方の資力、生活程度、扶助を要する状態等一切の事情を考えれば、抗告人が相手方に対し原審の定める程度の生活費を負担支給すべきことはやむを得ないところといわなければならない。相手方は現に抗告人と同居せず、従つて同居の場合相手方が抗告人にし得る協力扶助を欠いているけれども、ことのここにいたつた原因は抗告人にあるべきこと前記のとおりであつて、相手方の本件協力扶助請求をもつて権利濫用と解すべき理由はない。所論は理由がない。

同(四)について。

抗告人と相手方が現になお夫婦である以上たとえ同居はしていなくても、協力扶助義務の履行として抗告人において相手方に対し生活費を支給すべきことを相当とすること前段説示のとおりである。現在の別居が解消して夫婦が円満な同居生活を回復すればかかる一定額の生活費の支給という方法による協力扶助の必要はなくなり、本件審判は無用のものとなるだけであり、また反対に当事者間に離婚が成立すれば、その時から抗告人はこの義務を免るべきことはいうまでもない。いずれにしても夫婦の別居は一時的変則的状態に止まるべく、これをもつて当事者の一方が死亡するまで継続する状態であるとし、これを前提として原審の決定を非難するのは相当でない。所論は採用できない。

すなわち原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないものとして棄却すべきである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

抗告の理由

第一点管轄権がない。

(一) 被抗告人伊賀恒子は抗告人を相手方として千葉家庭裁判所に対し同居生活扶助料請求及離婚、慰藉料等請求の総括的調停申立を為し同裁判所は右家事審判規則総則第四条の「又はみづから処理することができる」との規定に基き昭和三十一年(家イ)第四八号事件として受理し調停を試みたが右調停は昭和三十一年三月十九日不調和となつた。

(二) そこで同裁判所は右調停申立趣旨の内同居生活扶助料請求の点は家事審判法第九条乙類に属する民法第七五二条に該当するとの理由で家事審判法第二十六条並に同法第三条但し書の規定に基き審判に移行し以て家事審判官だけで前掲審判書主文記載の如き審判をした。

(三) 然れども前記審判は左記事由に依り管轄権がないに拘らず之れありと誤認して為された違法の審判である。

(イ) 被抗告人の本件調停申立当時に於ける抗告人の住居は審判書記載の通り前掲肩書地の通りである従而本件調停に関する管轄裁判所は抗告人の住所地である千葉家庭裁判所館山支部であることは家事審判規則第四五条に依り極めて明確であるので原審裁判所としては同規則第一章総則第四条の規定に基き右支部に移送すべきである。

然るに原審裁判所は前叙の如く本件調停申立の趣旨が民法第七五二条及離婚慰藉料等の総括的申立であるとの理由で審判規則第四条に則り館山支部に移送することなく自から調停事件として処理した処当該調停は抗告人の拒否を原因として不成立となつたので原審は民法第七五二条の協力扶助の点のみを取り上げ審判法第二十六条並に同法第三条に基き家事審判官だけで審判を行つたのであるが右の如き事案については同法第二十六条の審判は例令調停が拒否されたとしても又それが法第九条第一項乙類の事件であつても同法の規定の適用を為すベきではないのみならず之を審判手続に移行することはできない(市川四郎著家事審判法概要一四〇頁十六行目以下御参照)此のような場合に於ては原審裁判所は調停拒否に依つて事件が終了した旨を遅滞なく当事者に通知すれば足りるのである(規則第一四一条御参照)。

(ロ) 蓋し前記規則第四五条は夫婦の同居その他の夫婦間の協力扶助事件は相手方の住所地の家庭裁判所の管轄とする旨の特別規定を創け同規則第四条の一般規定の例外規定であるから本件は法第二十六条に依る移行審判を避け抗告人の管轄裁判所である千葉家庭裁判所館山支部に於て審判すべきが当然である従而原、審判は管轄権なき違法の審判である。

第二点民法第七五二条の夫婦協力扶助について。

(一) 原審判に依る判示中。

「申立人は右開業後間もなくバアセドウシ病にて千葉医大附属病院に入院し同年九月二十四日病気全快して退院し相手方と同棲を迫りしところ相手方は何等正当の理由なくして右同棲を拒絶したゝめ申立人は已むなく実家の両親の下に一時寄隅するに至り目下無職で生活に困却して居ることは当事者間に争いなきところである」との理由を附し以て前掲主文の如き判定をしたのであるか前記判示中被抗告人(申立人)が抗告人(相手方)に対し同棲を迫つた事実は毫未もないのみならず抗告人が同棲を拒絶した事実もないむしろ右判示とは反対に抗告人は被抗告人に対し別紙疏第一号証の通り「被抗告人は昭和三十一年一月二十七日抗告人宅を出た儘で帰つて来ない、家事多忙で支障を来たしている此の便りの着いた日から一週間以内に自宅に帰られたい」旨の通知を発した処被抗告人は右抗告人の帰宅催告に対し別紙疏第二号証の如く「拝啓昭和三十一年四月十八日附御便り拝見いたしました御申越の件に関しては千葉家庭裁判所に申立中の調停の結果を待つて善処致し度く存じます右取敢ず御返事迄」と回答して来たこの事実に徴するも原審の判定理由は事実と相違して居る。

(二) 被抗告人は民法第七五二条の夫婦同居並に協力扶助に関する規定に違反して居る。

被抗告人は前叙(一)記載の通り抗告人の帰宅催告あるに拘らず昭和三十一年一月二十七日抗告人宅を出た儘調停中なりと称し帰宅しないのであるが判例は離婚訴訟中でも妻は夫と同居する義務がある(大正五年五月十三日東京控訴院判決)又妻は離婚判決が確定する迄は夫と同居しなければならない(明治三十八年十一月二十日東京控訴院判決)旨を判決して居る。

尚又抗告人は被抗告人に対し同居に堪えない虐待、暴行又は重労働を課した事実はないのみならず妻に別居を同意したこともないのであるから被抗告人は民法第七五二条の夫婦平等の立場に依る同居義務及協力扶助義務を誠実に履行すべき義務がある。

(三) 抗告人は原審調停に於て被抗告人に対し同居義務を拒絶した事実はなく同居することに依つて協力扶助義務を要望した然るに被抗告人は右各義務の履行を拒否し離婚並に不当極まる慰藉料を請求したので右調停は不調となつたのである。

ところが原審は右調停を審判に移行し全く事実に反する認定をなし主文記載の如く婚姻継続中一ケ月金八千円宛の生活扶助を為すべき旨を判定した元来扶助義務は同居乃至協力義務と関連し扶助義務の違反がある場合には必ず協力義務又は同居義務の違反が生じもはや本質的扶助義務は期待出来ない場合が多い従而扶助義務の法律的請求に当つては家庭裁判所は協力義務又は同居義務との関連に於て正当な事由が何れにあるか婚姻破綻の責任の有無、過去の協力、扶助の程度、扶助権利者の需要、扶助義務者の資力等一切の事情を考慮して審判すべきである。

(昭和二十八年二月家庭裁判資料第二十九号家事々件判例通達学説要覧一一八頁御参照)

右の如く被抗告人は正当の事由がないに拘らず抗告人よりの同居又は協力義務に違反しながら抗告人に対し扶助義務の履行を一方的に請求して居るが右は所謂権利の濫用であるから抗告人の被抗告人に対する扶助義務は免責されることが信義誠実の原則に照らし当然である。

(四) 原審判定は婚姻継続中扶助費を支払えと命じて居るが右は民法第七五二条の夫婦同居義務に違反して居る。

蓋し同条に依れば夫婦は同居し互に協力し扶助しなければならないと規定し夫妻対等の原則に従い共同生活を相手方に求めるものであるので抗告人は別紙添付疏第一号証の通り被抗告人に対し同居を要求したのである然るに原審判定は婚姻継続中と言う不特定の期間被抗告人の別居を暗に認め以て毎月金八千円の生活費を支払えと命じて居るものと解せられるのである元来夫婦は特別の事由なき限り原則として同居の義務がある従而暫定期間の別居は違法でないとしても係る婚姻継続中と言うが如き漠然とした別居は夫婦の一方が裁判上又は協議上の離婚をしない限り妻の一方が死亡する迄では法律上の婚姻は継続するのであるからこの様な長期に亘る別居を理由として扶助することは夫婦同居の義務に違反する無効の判定である又同法の協力扶助と言う意味は単に生活費の支給をすると言うのではなく経済的にも精神的にも夫婦が一体となつて生活することを意味するが夫婦仲が円満を欠き夫が妻を顧みない場合は妻より夫に対し同居義務並に協力扶助義務の履行を求めるのであるが本件に於ては前叙の如く妻たる被抗告人が家出を為し抗告人を顧りみないのであるから抗告人は扶助の義務がない叙上の各理由に基き原審々判は取消されるべきである

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